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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)3077号 判決 1965年4月27日

控訴人 有限会社楽陽軒

被控訴人 成興物産株式会社

主文

原判決中控訴人に対し金十五万円及びこれに対する昭和三十九年六月十六日以降完済まで年六分の金員の支払を命じた部分を除き、その余を取り消す。

被控訴人の前項において取り消した部分の請求を棄却する。

その余の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は、後記控訴人の主張に対し次のように述べた。

被控訴人が株式会社富士屋石油(以下訴外会社という)に対し控訴人主張の約束手形一通を振出したこと及び右手形が満期に呈示されたがその支払が拒絶され、その旨符箋に記載されたこと並びに昭和三九年一二月一五日被控訴人が同会社から右手形の返還を受けると共に、右手形金と本件手形金とを対当額で相殺する旨の意思表示のなされたことは認める。しかし、上記被控訴人振出の約束手形はすでに昭和三八年六月一四日被控訴会社の代表取締役である桜井甲が訴外会社の代表取締役金岡次郎に対し現金と小切手をもつて全額支払をなしたものであるから、控訴人主張の相殺の意思表示はその効力を生じない。

控訴代理人は、従前の抗弁を撤回し、新に次のとおり主張した。

被控訴人は、訴外会社に対し昭和三八年五月一日金額二五万円、満期同年六月一三日支払地東京都中央区、振出地同都千代田区、支払場所富士銀行数寄屋橋支店と定めた約束手形一通を振出し、訴外会社は右手形の所持人であり、訴外川崎信用金庫を通じて、右満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒まれたので、支払担当者である上記銀行に符箋にその旨を記載させた。訴外会社は、本件約束手形の裏書人として被控訴人に対し償還義務を負うとともに、自ら進んで償還をなすことができるものであるところ、昭和三九年一二月一五日到達の郵便をもつて被控訴人に対し本件約束手形を送付して呈示返還したうえ、上記被控訴人に対する金二五万円の手形金債権と本件約束手形金の償還債務とをその対当額において相殺する旨の意思表示をした。従つて、右相殺により被控訴人の訴外会社及び控訴人に対する本件手形金債権は金二五万円の限度において消滅したものである。

なお被控訴人の弁済の主張は否認する。

証拠〈省略〉

理由

控訴人が昭和三九年三月一六日訴外会社宛金額四〇万円、満期同年六月一六日支払地及び振出地横浜市、支払場所三和銀行横浜支店と定めた約束手形一通を振出し、被控訴人が右振出日に同会社から拒絶証書作成義務を免除されたうえ、裏書譲渡を受け、右手形を所持すること及び被控訴人が右手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。

よつて、控訴人の相殺の主張について判断する。

被控訴人が昭和三八年五月一日訴外会社に対し控訴人の主張する金額二五万円の約束手形一通を振出し、同会社がその所持人であり、満期にその支払を拒まれ、その旨を支払担当者に符箋に記載せしめたこと及び同会社が被控訴人に対し昭和三九年一二月一五日到達の郵便をもつて、右手形を送付して呈示返還したうえ右手形金二五万円と本件手形金とをその対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことも、また本件当事者間に争のないところである。

訴外会社が本件約束手形の裏書人であること及び右手形が満期に支払を拒絶されたことは前段判示のとおりであるから、訴外会社は遡求義務者として被控訴人に対し本件手形金及び満期以後の法定利息を支払う債務を有するものである。ところで、遡求義務者は所持人からの請求を受けるまでもなく、進んで上記遡求金額の支払をなし得るものであり且つ所持人に対して有する反対債権と相殺することも可能であるから、前示訴外会社のなした相殺の意思表示により双方の債権が相殺適状に在つた昭和三九年六月一六日(本件手形の満期)に遡り、相殺の効力を生じ、従つて、被控訴人の訴外会社に対して有する本件手形金の請求権は金二五万円の限度において消滅したものというべきである。控訴人は本件手形の振出人であり、最終的支払義務者であるが、振出人は一たん遡求が開始すると遡求義務者と同一範囲の責任を負い且つこれらの者と合同してその責任に任ずるものである。それと同時に、手形の所持人は上記手形債務者の一人又は全員に対し、同時若しくは各別に、その支払を請求し得るものであるが、その一人から全部の支払を受けた場合は、もちろんその一部の支払を受けた場合においても、その限度においては他の手形債務者に対し重ねて請求することはできないものといわなければならず、相殺は支払と同一視すべきものであるから、右と同様に解するを相当とする。そうとすれば被控訴人は、本件手形金中上記相殺された金二五万円については重ねて控訴人に対しその支払を請求し得ないものといわなければならない。このような解釈は、手形債務者の合同責任の法意に反するものではなく、上記遡求義務者の一人がなした支払又は相殺は、その後者の責任を免れしめるに止まり、右支払又は相殺をなした者は振出人を含むその前者に対し手形金全額ないしは相殺をなした限度においては再遡求権を行使し得ることはもとより当然のことである。

被控訴人は、控訴人主張の手形金は既に現金又は小切手をもつて全額支払つたと主張し、当審での被控訴人代表者本人はこれにそう供述をなしており、甲第二号証の一にも同旨の記載がある、右は当審証人金岡次郎の証言及び被控訴人が支払をなしたと主張する当時において右手形の受戻しをしていない事実に照らして信用することができず、他に右被控訴人の主張事実を認め得る証拠はない。

以上の理由によれば、被控訴人は控訴人に対し本件手形金のうち金二十五万円についてはその請求をなし得ないものというべきであるから、被控訴人の本訴請求は金十五万円とこれに対する昭和三九年六月一六日以降完済まで手形法所定年六分の利息の支払を求める限度においてのみ正当として認容すべく、その余は失当として排斥すべきものである。

よつて、上記と判断を異にし、右の限度を超える被控訴人の請求を認容した原判決は失当でありこの点についての本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条により右部分の原判決を取り消し、その余の被控訴人の請求を認容した原判決は正当で、この部分についての本件控訴は理由がないから、同法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 杉山孝)

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